By ARK Invest
本レポートは、2026年4月13日にARK社のHPに公開された、英語による「Newsletter #505」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。また、情報提供のみを目的としたものです。
1. 特許切れとパイプライン不足がバイオテック需要を構造的に押し上げる
By Shea Wihlborg | @Shea_ARK
Research Analyst, Multiomics
バイオ医薬品業界におけるM&A(合併・買収)が活発化しています。2026年3月だけでも、総額約315億米ドルにのぼる10件の買収が発表され、そのうち2件は前払いだけで50億米ドルを超えました[1]。また、2026年は開始から3ヵ月あまりで、すでに年間ベースの2025年の40%を超えるディール規模に達しています[2]。この動きの主因は、迫り来る「特許の崖(パテントクリフ)」です。2030年末までに、約3,000億米ドル規模の先発医薬品売上が特許切れを迎える可能性があります[3]。対象には、Merck(メルク)のがん治療薬「Keytruda(キイトルーダ)」や、Bristol Myers Squibb(ブリストル・マイヤーズ スクイブ)の抗凝固薬「Eliquis(エリキュース)」といった大型ブロックバスターも含まれています[4]。その結果、大手製薬企業は後期開発パイプラインを補完するため、外部からのイノベーションへの依存度を一段と高めているとみられます。
もっとも、すべての買収が同じ戦略的目的を持つわけではありません。特許切れの穴埋めを目的とするものもあれば、既存の治療領域で競争力を高めるための「ジャンプアップ」を狙うものもあります。例えば、Gilead(ギリアド)による78億米ドルでのArcellx(アーセルクス)買収は、多発性骨髄腫向けのより安全性が期待されるCAR-T療法を獲得するものであり、Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)とLegend Biotech(レジェンド・バイオテック)の「Carvykti(カービクティ)」が昨年生み出した約19億米ドルの売上と直接競合する可能性があります[5]。一方で、より大胆な賭けとして、プラットフォームの拡張性や新たな治療手法に焦点を当てた買収もあります。例えば、Eli Lilly(イーライリリー)による63億米ドルでのCentessa Pharmaceuticals(センテッサ・ファーマシューティカルズ)買収は、同社のパイプラインを新領域である睡眠障害へと拡張するものです[6] 。また、前年に行なわれた13億米ドルでのVerve Therapeutics(ヴァーヴ・セラピューティクス)買収は、遺伝子編集が希少疾患から心血管疾患(世界最大の死因)へとスケールする可能性に賭けた、大手製薬企業による初の本格的な投資と位置付けられます[7]。
当社の見解では、今回のM&Aサイクルは、新興の治療プラットフォームの価値を市場で見極める役割を果たすだけでなく、大手製薬企業の特許圧力が強まる中で持続する構造的な需要でもあります。短期的には、開発リスクを低減する臨床的裏付けを有する企業、特に特許切れが迫る医薬品を代替・改善できる企業が最も恩恵を受けると考えられます。
一方で、より大きな機会(市場で十分に理解されていない可能性がある領域)は、治療パラダイムを慢性的な管理から「一度きりの治療」へと転換し得る手法にあります。代表例が遺伝子編集です。CRISPRベースの初の治療薬である「Casgevy(キャスジェビー)」は、2023年後半に鎌状赤血球症の機能的治癒を実現する治療として承認されました[8]。さらに、Intellia Therapeutics(インテリア・セラピューティクス)は、希少疾患である遺伝性血管性浮腫に対し、早ければ来年にもin vivo(生体内)遺伝子編集の初承認を取得する可能性があります[9]。次なるイノベーションの波は、こうした一度きりの遺伝子治療を希少疾患から、より患者数の多い心血管疾患へと拡張することを目指しており、CRISPR Therapeutics(クリスパー・セラピューティクス)やEli Lillyが臨床開発を進めています[10]。当社は、臨床的裏付けの進展に伴い、こうしたパラダイム転換型治療法に早期から投資する買収企業が、長期的に最大の価値を獲得する可能性が高いと考えています。
2. ビットコインに対する量子コンピューティングの脅威は想定より近いのか
By David Puell | @dpuellARK
Research Analyst, Trading / Associate Portfolio Manager, Digital Assets
3月31日、ビットコインの量子コンピューティングリスクに関する議論に影響を与える2本の研究論文が発表されました。1本目は、Google Quantum AI(グーグル・クオンタムAI)、Ethereum Foundation(イーサリアム・ファウンデーション)の研究者であるジャスティン・ドレイク氏、およびスタンフォード大学の暗号学者ダン・ボネー氏らによるもので、ビットコインのウォレットを保護する楕円曲線暗号を解読するには約50万の物理量子ビットが必要であり、従来の推定と比べて約20分の1に縮小されたことを示しました[11]。同日、カリフォルニア工科大学(Caltech)とスタートアップのOratomic(オラトミック)のチームは、中性原子アーキテクチャが約1万の物理量子ビットでショアのアルゴリズム(Shor's algorithm)を実行できることを示す論文を発表しました[12]。これら2つの研究は、少なくとも量子ソフトウェアの分野において、暗号資産業界がこれまでに見てきた中で最も急激に脅威のタイムラインが前倒しされたことを示しています。
この脆弱性は限定的です。量子コンピューターが脅かすのはビットコインのsecp256k1楕円曲線暗号であり、プルーフ・オブ・ワーク(PoW)の仕組みではありません。Googleらの試算によると、準備された量子コンピューターは公開鍵から秘密鍵を最短9分で導き出す可能性があり、これはビットコインの約10分のブロック生成間隔よりも短いため、未処理トランザクション全体にリスクをもたらします[13]。現在、約690万BTC(供給量の約3分の1)がオンチェーン上で公開鍵が可視なアドレスに存在しています。そのうち約9%は、すでに失われた可能性が高い旧来のP2PK形式にあり、約25%は再利用アドレスやTaproot(タップルート)出力にあり移行が可能です。残りの約3分の2はハッシュ化された公開鍵によって保護されています[14]。
これらの研究に対する一般的な反論は、「量子コンピューターはビットコインだけでなくインターネット全体の暗号を破るため、暗号資産も自然にアップグレードされるはずだ」というものです。しかしGoogleらはこの点を明確に否定しています。中央集権的なシステムでは迅速なアップデート配信が可能である一方、ビットコインの分散型ガバナンスでは迅速な移行が難しいためです[15]。
幸いにも、開発者コミュニティは生産的に対応しており、新たな解決策の提案や既存技術の再評価が進んでいます。例えば、BIP-360はソフトフォークによってTaprootのオンチェーン出力から公開鍵を除去する提案です。また、ラッセル・ドライヤ氏のコミット・リビール方式は、量子攻撃が想定より早く発生した場合のフェイルセーフとして、トランザクションを2段階で保護します。さらに、Blockstream(ブロックストリーム)のジョナス・ニック氏は、SHRINCS(324バイト署名)をLiquid上で公開し、あわせてSHRIMPS(約2.5KBのマルチデバイス署名)も発表しました[16]。Lightning Labs(ライトニング・ラボ)のCTOであるオラオルワ・オスントクン氏は、zk-STARKsを用いたシードフレーズ証明のプロトタイプを公開し、緊急時に楕円曲線デジタル署名アルゴリズム(Elliptic Curve Digital Signature Algorithm:ECDSA)が無効化された場合でも、秘密情報を開示せずにウォレット所有を証明できる可能性を示しました[17]。最後に、先週木曜日にはStarkWare(スタークウェア)のアヴィフ・レヴィ氏が、ロビン・ライナス氏のBinohash(ビノハッシュ)を基盤としたQuantum Safe Bitcoin(QSB)を発表し、プロトコル変更なしで量子耐性トランザクションを現在から実現可能であることを示しました(GPU計算コストは75〜150米ドル) [18]。
これらの解決策はさらなる研究と検証を必要としますが、ビットコインコミュニティが直面する以下の3つの重要課題に取り組むうえで不可欠な第一歩です。
- 最適な新しい署名方式に合意し、実装すること
- 脆弱なコインを新しいアドレスタイプへ移行すること(完了には数年を要する可能性があります)
- 移行が不可能な約170万BTCの失われたコインへの対応方針に合意すること
当社の見解では、この課題にプロトコルレベルで向き合うことの利点は、「システムに手を加えることで逆にリスクを高める」懸念を上回るものです。量子リスクに正面から向き合う中で、過度な恐怖と慎重さのバランスが適切に保たれるほど、イノベーションとより優れた解決策が生まれる可能性は高まります。実際、この10日間がそれを示しています。2本の重要論文が議論を喚起し、わずか1週間で5つの異なる防御策が提案・再浮上しました。このダイナミクスは、ビットコインが「民間主導のグローバルなルールベース通貨システム」として長期的な信頼性を維持するうえで、前向きな兆しであると言えるでしょう。
3. AnthropicのMythosモデルがサイバー防衛の 新時代を示唆
By Jozef Soja | @JozefARK
Research Analyst, Next Generation Internet
先週、Anthropic(アンソロピック)は、未公開の最先端モデル「Claude Mythos(クロード・ミソス)」を中核とする業界横断プロジェクト「Project Glasswing(プロジェクト・グラスウィング)」を発表しました[19]。同モデルは、AIのコーディング能力および推論能力において飛躍的な進化を示しています。実世界の課題に基づくコーディングベンチマークであるSWE-bench Verifiedでは93.9%を記録し、「Claude Opus 4.6(クロード・オーパス4.6)」の80.8%を大きく上回りました。また、脆弱性再現ベンチマークであるCyberGym(サイバー・ジム)では83.1%を記録し、Opus 4.6の66.6%を含む従来モデルを大きく凌駕しました[20]。
Mythosは完全自律的に、数十年にわたり人間のレビューをすり抜けてきたソフトウェアの脆弱性を発見・悪用することが可能です。例えば、OpenBSDに存在していた27年前の脆弱性や、500万回の自動テストを経ても検出されなかったFFmpeg(エフエフ・エムペグ)の16年前のバグを特定しました。このようなデュアルユース(攻守両面)の性質を踏まえ、Anthropicは現時点で本モデルを一般公開していません。その代わり、約1億米ドル相当の利用クレジットを付与したうえで、早期アクセスを限定的に提供しています。対象には、AWS(エー・ダブリュー・エス)、Apple、Microsoft、Google、CrowdStrike(クラウドストライク)、Broadcom、NVIDIAなどのコンピューティングプロバイダーおよびサイバーセキュリティ企業が含まれています。これにより、防御側がMythosのような能力が広く普及する前に、自社インフラの強化を進めることが期待されています。
今回の発表は、ARKが以前から掲げてきた見方を裏付けるものです。すなわち、サイバーセキュリティはAIによる破壊的変化の影響を受けにくいソフトウェア分野であるだけでなく、むしろその恩恵を受け得る分野であるという点です。最高投資責任者(CIO)や最高技術責任者(CTO)は一貫して、セキュリティを削減しにくい最重要ソフトウェアとして位置付けています。[21]。AIモデルがソフトウェアの脆弱性を特定・悪用する能力を高めるにつれ、攻撃対象領域は拡大し、防御の重要性は一段と高まります。CrowdStrikeのCTOであるエリア・ザイツェフ氏は、Anthropicの発表に関して「脆弱性が発見されてから悪用されるまでの時間は、数ヵ月から数分へと急激に短縮された」と指摘しています。この変化は、防御ツールへの需要を加速させる循環を生み出しており、データ基盤の優位性、流通チャネル、信頼性を確立しているCrowdStrike、Rubrik(ルーブリック)、Cloudflare(クラウドフレア)といった企業に恩恵をもたらすと考えられます。
言い換えれば、大規模言語モデル(LLM)はサイバーセキュリティツールと競合するよりも、それらへの追い風をはるかに速いスピードで生み出しています。現時点では、企業が自社のセキュリティ基盤を汎用AIに委ねることは困難です。この分野には、リアルタイムの脅威インテリジェンス、高度に専門化された検知エンジン、深く組み込まれた統合が求められますが、現在のLLMはそれらを代替できていないためです。一方で、LLMは企業に対し、自社のサイバー防御体制がAIを活用する攻撃者に耐え得るものかを再評価することを迫っています。この再評価は、セキュリティ分野への予算再配分につながる可能性があります。
Glasswingは、最先端AIの能力向上がサイバーセキュリティ業界にとって構造的な成長要因であることを示す、これまでで最も明確なシグナルの一つです。この非対称性を理解する投資家は、今後数年にわたり有利なポジションを築くことができると考えられます。
[1] LaHucik K. 2026. “Pharma goes on $25.5B, eight-day acquisition spree.” Endpoints News.
[2] 同上。 Neurocine Biosciences. 2026. “Neurocrine to Acquire Soleno Therapeutics, Expanding Its Endocrinology and Rare Disease Portfolio.” Gilead. 2026. “Gilead to Acquire Tubulis Adding Potentially Best-in-Class Antibody-Drug Conjugate and Next Generation Platform to Further Strengthen Oncology Pipeline.”も参照。
[3] Evaluate reports that between 2025 and 2030 over $300mn in prescription drug revenue will lose exclusivity. Evaluate. 2025. “Portfolio Tactics to Scale the $300bn Patent Cliff.”
[4] 同上
[5] Gilead. 2026. “Gilead Sciences to Acquire Arcellx to Maximize Long-Term Potential of Anito-cel.” See also: Johnson and Johnson. 2026. “Johnson & Johnson reports Q4 and Full-Year 2025 results.”
[6] Eli Lilly. 2026. “Lilly to acquire Centessa Pharmaceuticals to advance treatments for sleep-wake disorders.”
[7] Eli Lilly. 2025. “Lilly to acquire Verve Therapeutics to advance one-time treatments for people with high cardiovascular risk.”
[8] CRISPR Therapeutics. 2023. “Vertex and CRISPR Therapeutics Announce US FDA Approval of CASGEVY™ (exagamglogene autotemcel) for the Treatment of Sickle Cell Disease.”
[9] Intellia Therapeutics. 2026. “Intellia Therapeutics Announces Fourth Quarter and Full-Year 2025 Financial Results and Business Updates.”
[10] CRISPR Therapeutics. 2026. “CRISPR Therapeutics Provides Business Update and Reports Fourth Quarter and Full Year 2025 Financial Results.” See also Wihlborg, S. 2025. “Harnessing Nature's Wisdom: Gene-Editing Therapy For Cardiovascular Disease.” ARK Investment Management LLC.
[11] Google Quantum AI. 2026. "Safeguarding cryptocurrency by disclosing quantum vulnerabilities responsibly." Google Research Blog,
[12] Cain, X. et al. 2026. "Shor's algorithm is possible with as few as 10,000 reconfigurable atomic qubits." arXiv/Caltech News.
[13] CoinDesk. 2026. “Bitcoin's Taproot could make quantum attacks easier than expected."
[14] Google Quantum AI. 2026. "Safeguarding cryptocurrency by disclosing quantum vulnerabilities responsibly." Google Research Blog,
[15] CoinDesk. 2026. “Bitcoin cracked in 9 minutes': BTC bulls scramble for post-quantum protection."
[16] CoinDesk. 2026. "Bitcoin's $1.3 trillion security race." See also Blockstream. 2026. "SHRIMPS: 2.5 KB post-quantum signatures."
[17] CoinDesk. 2026. "Bitcoin gets its first working prototype of quantum-resistant wallet rescue tool."
[18] CoinDesk. 2026. “Quantum-safe bitcoin now possible without a soft fork."
[19] Anthropic. 20-26. “Project Glasswing.”
[20] 同上
[21] Jhonsa, E. 2022. “Morgan Stanley asked CIOs what they're most and least likely to cut..." X.
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