By Simon Barnett

2003年のヒト遺伝子プロジェクトは、プレシジョン・メディシン(高精度医療。遺伝子情報や生活環境、ライフスタイルといった個人の詳細な情報を基に、精密な疾病予防や治療などを行う医療)の夢を刺激し、DNAを話題の主流へと変えました。当該プロジェクトはまた、歴史上最も大きな変化をもたらした技術基盤の一つであるNGS(次世代DNAシーケンシング。大量の遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる技術)も生み出しました。シーケンシング(DNAの塩基配列の決定)の臨床的有用性が拡大しているものの、大半の人は依然として遺伝子解析を病気の診断よりも家系調査サービスと結びつけています。これは、ある意味、いいニュースであると言えます。ARK社では、DTC遺伝子検査(医療機関を通さずに直接消費者に提供される遺伝子検査)企業の多くが提供するヘルスケア・データは、欠陥が多いとともに納品が無責任に行われていると見ており、消費者向けゲノミクス企業は5年以内に、事業のヘルスケア分野において、病気の最も早い兆候である突然変異体の識別にNGSを用いる企業に敗れるであろうと考えています。

何年ものあいだ、遺伝学者はDNA内の突然変異体を浮かび上がらせるのにジェノタイピング(遺伝子型判定)と呼ばれる技術を用いてきました。ジェノタイピング・アレイ(ジェノタイピングに用いる解析ツール)は、一般的で良く知られている遺伝子変異体や祖先系統の特定に適しています。また、同手法は安価であり、23andMeやAncestryDNAなどのDTC遺伝子検査サービスの屋台骨となっています。

最近は、一般消費者からの需要の増大を受け、DTC遺伝子検査企業が様々な病気の遺伝リスクを測定する上級のジェノタイピング・サービスを加えるようになってきました。このようなDTC遺伝子検査の健康診断書について、臨床医は圧倒的に酷評しています。

ジェノタイピングに基づくDTC遺伝子検査での健診は、がんやアルツハイマー病のような慢性的疾患に関係する一般的な遺伝子変異体を見つけることはできますが、報告されるのは一般的で良く知られた変異体のみです。なぜなら、下の最初のチャートが示すように、ジェノタイピングの正確度はより希少な変異体では低下するからです。希少変異体はデータが不足していることから、ジェノタイピングのアルゴリズムでその分類を行うのは困難です。重要な点として、遺伝子変異体の医学上の有用性は、下の2つ目のチャートが示す通りその希少性に関連しており、すべての希少変異体が医学的に有用であるわけではないものの、医学的に有用な変異体はすべてが希少変異体です。

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FDA(米食品医薬品局)が最近DTC、HBOC(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群)に関係する2つの遺伝子BRCA1/2において知られている1,000超の突然変異体のうち、遺伝子検査企業に対して報告を認めるのは3つにとどめる決定を下したことは、検査の正確度に関する懸念を表しています。突然変異体のサンプル数が非常に限られていることから、予見という点ではDTC遺伝子検査での健診にはほとんど価値がありません。例えば、2018年にHBOC変異体を持つ10万人の未診断患者を対象に行った調査では、88%がDTC遺伝子検査で偽陰性と出ました。

検査の正確度の問題は、DTC遺伝子検査企業が検査の対象としている変異体グループにも及んでいます。いくつかの調査から、検査結果が偽陽性であった割合が40%~50%に上ることが明らかとなっており、結果として不必要な侵襲的検査や手術が実施されています。一部のDTC遺伝子検査企業は偽陽性反応への対策として、NGSなどの二次的検査によって病原性変異体の確認を行っていますが、そうした企業は多くありません。

多数のDTC遺伝子検査企業は、細かな字で書かれた説明文のなかで第三者による検査結果の確認が必要であると主張することで、みずからの責任を免除しています。その結果、検査結果を受け取った62%もの人が、品質管理がなされていない元データファイルを分析エンジン(Prometheaseなど)にかけていますが、高精度な解析が可能なバイオインフォマティクス(生物情報データをコンピューターで解析する技術)をもってしても、ジェノタイピングを通じて生成された元データのエラーを取り除くことはできません。それどころか、不正確なデータの責任を取るわけでも、遺伝子情報に関するカウンセリングを提供するわけでもないDTC遺伝子検査企業と分析エンジンの両者の間の綱引きに消費者が翻弄されている状況にあります。

これらの問題点はNGSには当てはまりません。NGSは、生物化学、光学、並列コンピューティングの最先端技術を組み合わせた、正確で拡張性が高く、費用対効果に優れたテクノロジープラットフォームです。NGSは、新しい変異体(初めて発見される突然変異)を含めて事実上あらゆる変異体を検知できます。ジェノタイピングは小説のなかに出てくる1つの言葉を読むのに等しい一方、ゲノム・シーケンシングは、本全体を数十回読むようなもので、遺伝子変異の解析を最適化できるAIエンジンを活用できるだけの十分なデータを生成します。このことは、ジェノタイピングを用いるDTC遺伝子検査企業と、医療用グレードのNGSサービスを提供する企業の間の差の拡大につながっています。データによってAIエンジンが訓練され、検査の正確性が向上していくNGSを用いる企業に比べると、DTC遺伝子検査企業は正確性という点において大幅に遅れを取っています。

さらに、科学者たちが新たな遺伝子突然変異を発見していくに伴い、遺伝子検査におけるデータの重要性は増していくとみられます。消費者としては、自分のNGS検査データをデジタル上で再評価してもらえるため、有用性が増すかもしれません。今は医療における重要性が分かっていない変異体も、将来的には処置できるようになっている可能性があります。現在すでに、Veritas GeneticsなどのNGS関連企業は、患者の持つ変異体が1つでも再分類された場合に検査を行い、アップデートした遺伝子情報に基づいたカウンセリングを提供しています。研究者らは急速なペースで新しい変異体を発見しており(下チャート参照)、それによって生物学的情報に基づく疾患の理解が深まっているなか、自然な流れとして医療用グレードの遺伝子検査サービスは普及が拡大していくと考えられます。

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2006年に23andMeが遺伝子検査サービスの提供を開始したころ、ヒトゲノム全配列解析にかかる費用は途方もなく高額で約1000万ドルにのぼりました。これは、網羅的ではないもののより低コストなジェノタイピング・ソリューションにとって、自分の健康状態や疾患についてより詳しく知りたいという強く願う消費者を取り込む好機をもたらしました。それ以来、NGSのハードウェアとソフトウェアの両面においてイノベーションが急ピッチで進んだことで、ヒトゲノム全配列解析コストは1,000ドルを下回るまでに押し下げられています。「ライトの法則」によると、コストは今後も低下し続けて2023年には100ドルまで下がるとみられます。現在すでに、Veritas Geneticsは、ゲノム全配列解析および変異解析サービスを599ドルで提供しています。

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ARK社では、正確性や費用対効果に優れ、じきに価格面でも優位に立つとみられるNGSこそ、ベストな遺伝子検査ソリューションであると考えています。家系や遺伝的特性を調べるDTC遺伝子検査は、ちょっとしたお楽しみ程度の用途で引き続き用いられる可能性がある一方、NGS型遺伝子検査は医療市場で圧倒的なシェアを獲得して、正確な遺伝子検査を一般的に普及させ、患者の治療成果を劇的に改善していくものとみられます。

 

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