株式市場は引き続き不安の壁を駆け上がる
米国市場が世界の他の市場の軟化に反して、または強気相場が9年も続いていることもあって、多くのストラテジストは米国株式市場の力強さを心配し始めています。6月までに、いわゆるFAANG銘柄(フェイスブック、アマゾン・ドットコム、アップル、ネットフリックス、グーグル)はS&P 500の2.64%のトータルリターンの75%を占め、多くの人はこれをITバブルの後に起きたような弱気相場の前兆だと捉えています。
我々ARKは市場のこうした見方に反論してきました。市場というものは、いつでも調整局面を経験し得るものですが、我々のこの強気相場に対する確信は強まる一方です。私は、強気相場は(9年前からでなく※訳者注釈)実は2016年終盤になるまでは本格的に始まっておらず、世界の技術革新によるプラットフォームが「Deflationary Boom(デフレ環境のなかでの景気拡大)」を生み出したことが、強気相場を持続させていると考えています。S&P 500は2009年3月に底入れした後、2013年3月まで底値から回復し続けました。この時点で、過大債務に起因するデフレ的破綻への懸念が台頭しました。これは特にトレーダーや投資家が、市場が13年前の2000年3月と同じ水準でピークに達したことに不安を覚えたことによります。2000年3月、2007年11月、2013年3月は三尊天井(トリプルトップ)だったのか?と。その後、2013年から2016年まで、大半の投資家は神経を尖らせていました。市場は上昇基調にあったものの、数度のリスクオフの動きが打撃となり、その中でも最悪だったのが原油価格が急落していた2016年初めでした。不安は米大統領選の夜に最高潮に達し、リスクオフになる度に「不安のブロック」が、10年近くの間に巨大化した壁の上にさらに積み重ねられました。
現在の「不安のブロック」は米国のフラット化するイールドカーブ、貿易関税に関する懸念や、地政学的な懸念で固められています。このイールドカーブ形状は景気後退の前兆だとの意見がありますが、我々はこうした見解について、19世紀初頭に起きたと同様の「デフレ環境のなかでの景気拡大」という状況を考慮していないと考えています。今後数年の間に、インフレ率が低下し恐らくマイナスになるなかで、世界の実質成長率と企業収益は予想に対し上振れサプライズになると考えています。そのため、短期金利は力強く加速する実質成長率に反応する形で上昇しており、今後も引き続き上昇する一方、長期金利は予想インフレ率の下振れサプライズが続くことにより抑制されるとみています。力強い成長はまた、貿易摩擦を先送りにするでしょう。
フラット化するイールドカーブに関するこうした説明は、(結果的に間違った楽観論である※訳者注釈)「今回はいつもと違う」の話に聞こえるかもしれませんが、破壊的イノベーションの考え方から言えばそうではありません。現在も使われている破壊的イノベーションによるプラットフォームが生まれた1929年までの50年の間において、半分以上の期間でイールドカーブは逆イールド(右下がり)の状態でした。1その当時の破壊的イノベーションとは内燃エンジン、電話、電気であり、低インフレ率の中での急速な実質経済成長の原動力となりました。FRBが存在しない当時、米国の実質GDP成長率は平均3.7%でインフレ率は1.1%であった一方、短期金利は約4.8%で長期金利は約3.8%と2逆イールドの状態でした。そう、今回も今まで同様、技術的飛躍が経済に及ぼす影響を理解するために、私たちは歴史を紐解いてみる必要があるのです。
今日の株式市場のポジションは、1999-2000年のそれと正反対
1990年代終盤、「2000年問題」の影響を和らげるためのFRBの緩和政策によって設備投資は本格化し、景気拡大を長期化させました。暦が1999年から2000年に切り替わる際にコンピューターシステムが機能しなくなり、世界経済に大混乱が生じるとの懸念のもと、FRBは、1998年6月に5.6%であったFF金利(政策金利)を1999年6月には4.8%へと引き下げたのです。3この間のテクノロジーおよび通信株への投機は非常に盛んでしたが、これに比べ記憶に薄いのは、多くの企業が遺伝子に関する特許申請を競っていたバイオテクノロジー分野への過剰な投資であり、こうした企業の株価は天井知らずに上昇しました。
一部の投資家は2000年3月10日にバブルがあまりに突然にはじけた理由を怪訝に思っていますが、2つの前兆に目を向けるべきと考えます。1つ目は1999年12月下旬、米国と英国が遺伝子の特許申請に関する中間ガイドラインを修正し、検討している遺伝子の使用事例を提出するよう申請者に義務付けたことです。4その後、パブリックコメント期間が終了する2000年3月を前にして、両国はヒトゲノム計画に関する原データを科学者に無償で提供するよう要請する声明を発表しましたが、全ヒトゲノムを初めて解析するのに必要な27億ドルのコストを考えると、これは予想外の声明でした。5これに加え、2000年1月には一般市民がオンライン広告代理店のDoubleClick(現在はAlphabetの傘下)を相手取り、カリフォルニア州民を代表して民事訴訟を起こしました。6これらはゲノミクスとインターネットに対するワンツーパンチであり、グロース銘柄を中心に「売り手よりも買い手が多い」から「買い手よりも売り手が多い」状況に転じ、市場は崩壊しました。長らく軽視されていたバリュー銘柄は、差し迫った中国の世界貿易機関(WTO)加盟に焚きつけられる形でその後を追いました。
ITバブル時の投資姿勢とは異なり、ここ数年、企業は技術革新への積極的な投資に十分な確信を抱いておらず、一方でヘルスケア重視の投資家はDNA解析に関する大きな技術的飛躍を無視してきました。2014年半ばから2016年第3四半期にかけ、恐らくはFRBによる金融引き締め懸念や市場ボラティリティに起因する不安から、米国の設備投資の伸びは年率0.8%にとどまりました7その結果、PonemonInstituteの調査によると、欧米企業の52%はEU一般データ保護規則が5月に施行された際にこの要件を満たすことができず、2000年問題の時の高揚した投資姿勢とは実に対照的でした。8投資の初年度に設備取得費用の全額損金算入できる案を含む税制改革法案が可決されるまで、投資支出は活発化しませんでした。2018年上期の実質的な非住宅設備投資は年率9.3%増加しました。9
恐らくそれ以上に目立つのが、人命を救う可能性のあるCRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)のような治療法や技術への無反応です。1999年に、アナリストやポートフォリオマネージャーが視覚障害者や癌患者の治療技術について学んでいれば、CRISPR Cas-9技術の主要特許を有する銘柄(Intellia、Editas、CRISPR Therapeutics)は恐らく時価総額の合計が数千億ドルにも達していたでしょう。しかし現実には、時価総額は約50億ドルに達するのに苦戦しました。さらに、1999~2000年とは異なり、この分 野に対する今日の政府方針は支援的であり、米国政府のヘルスケア分野における最優先事項の1つは人命を救うことであり、人生を変えることのできる治療法の承認を加速することに置かれています。10時を同じくして、英国政府は、特定の条件のもとに限るとはいえ、生殖細胞系列(精子と卵子)の編集を承認すると発表しました。11今日の投資環境は1999~2000年とは全く違っています。
ITバブルは未来を見越した結果:その未来とは今
ITバブルは、現在転換点を迎えている5つの汎用技術プラットフォームを生み出すきっかけとなりました。これらは現在、経済の様々なセクターに影響を与え、またさらなるイノベーションを引き起こしています。5つのプラットフォームとは、DNA解析、オートメーション、エネルギー貯蔵、ディープラーニングを可能にする次世代インターネット、ブロックチェーン技術です。
ITバブルの頃とは異なり、上記5つのプラットフォームは爆発的な需要を生み出しながら新たな市場を創出し、新製品のための実験を促進し、誰にでも手が出せるほど十分に低い価格水準を実現しています。例えば当社調査によると、全ヒトゲノムを解析するためのコストは2000年の30億ドル近く12から今日では1,000ドル未満に低下しており、2021年には100ドルとなる見通しです。その結果、全ヒトゲノムDNA解析の需要は爆発的に大きくなり始めています。同様に当社調査によると、産業用ロボットのユニットコストは10,000ドルに向かい、投資回収期間も6ヵ月と短くなったため、中小企業の生産性向上が容易になっています。また、3D印刷のコストは最大75%低下し、それにより主導権は大手企業から、起業精神に富む、あるいはクリエイティブなデザイン会社へとシフトしています。13一方でドローンによる運送費の削減により、医薬品をアフリカやアジアのへき地の村へ配布できるようになっています。電気自動車は5年以内にガソリン車よりも安価になり、その後も価格が下がり続けることで、より多くの消費者が3秒で60マイルという高加速の車を所有したり、自動運転タクシーによって1マイル0.35ドルという現在の10分の1の料金で通勤できるようになるでしょう。
一方で、コンピュータの計算性能は年率40%超のペースでコストが低下しており、これが現代の人工知能(AI)を生み出しました。またブロックチェーン技術の急進歩により、送金の限界費用はゼロへと低下するとみられます。世界中のどの政府も規制していないグローバルなデジタル通貨は、今世紀 のキラーアプリケーションとなる可能性を秘めています。
こうした新プラットフォームは大きな成長を促し、新市場を創出するだけでなく、高インフレの原因になっているセクターを破壊するでしょう。電気自動車が増加し、自動運転のタクシー網が自動車の総走行距離における比率を高めることで、世界の石油需要は今後数年以内にピークを迎えるとみられます。DNA解析は、かつて不可能だった治療を可能にし、推測による間違った、あるいは無駄な治療の削減を可能にします。同時に、ロボットは米国、日本、中国や至る所で生じている労働者不足に対処する役割を果たすだけでなく、インフレの大きな原因である生産性を向上させる大きな武器になるでしょう。
結論
今年の株式市場は、時に視野が狭められてしまう時があるかもしれませんが、前述の通り、今日の投資環境は90年代終盤に見られた過剰投資と決して似通っていません。
投資家は2013年の三尊天井、FRBによる金融引き締め、設備投資の停滞などの度に「不安の壁」を乗り越えており、それを見る度に私たちは(未上場市場のみならず上場市場においても)破壊的イノベーションへの投資が正しい行為であるという確信を深め続けています。
テクノロジーおよび通信バブルは確かに未来を見越していましたが、恐らくは15~20年早すぎたのでしょう。その未来とは今であり、当社の見方が正しければ、その報酬を今後15~20年間受け取ることができるでしょう。
1.ブルームバーグから引用した数字およびデータ
2.ARK Investment Management LLC、2018年;ブルームバーグ
3.https://ycharts.com/indicators/effective_federal_funds_rate_monthly
4.https://www.uspto.gov/about-us/news-updates/us-patent-policy-unaffected-usuk-statement-human-gene-sequence-data
5.Ibid.
6.https://cyber.harvard.edu/is02/readings/doubleclick.html
7.https://fred.stlouisfed.org/series/PNFIC1
8.https://iapp.org/media/pdf/resource_center/Ponemon_race-to-gdpr.pdf
9.ブルームバーグ
10.https://www.fda.gov/newsevents/newsroom/pressannouncements/ucm574058.htm
11.http://www.sciencemag.org/news/2016/02/uk-researcher-receives-permission-edit-genes-human-embryos
12.https://www.genome.gov/11006943/human-genome-project-completion-frequently-asked-questions/
13.https://hbr.org/2015/05/the-3-d-printing-revolution
14.http://www.who.int/health-accounts/atlas2014.pdf
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本レポートは, 2018 年8月9日にARK社のHPに公開された、英語による「Climbing the Wall of Worry: Disruptive Innovation Could Add Fuel to This Bull Market 」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。また、情報提供のみを目的としたものです。